備忘録

ここでいうわたくしは単なるわたしの擬人化ですので、あまりほんとうのことは書いておりません。

ゆうちゃんはいつもそう言った

煙草を吸うことを、ゆうちゃんは気の長い自殺だと言った。それは恐らく誰かの言葉の受け売りで、しかも、いつもどうしようもなく突拍子もない時に言い出すものだから、ゆうちゃんがどんな思いでその言葉を引用していたのか、わたしは知らない。

「カラカラ、カラッポ人間やねん。」

ゆうちゃんは関西人という訳ではない。けれど、関西の言葉、それも、例えば、色あせた紅白幕で飾り付けられた公民館のステージ、誰も知らないような芸人、少なくとも本人たちはそうであると信じている、信じたがっている、芸人、たちが、目の前の、半径2メートルの中にしか世界は存在しない、そんな顔をした、人々、群衆の、透明な眼球の前で、叫ぶ、やけくそのように捲し立てられる言葉、そういうものを、ゆうちゃんは好んでいた。

「ああいうの、どうにもさびしくて、ええよなあ。」

ゆうちゃんの言う、さびしいという意味も、何が"ええ"だったのかも、ゆうちゃんの奇妙なイントネーションも、わたしにはてんで分からなかった。けれど、ゆうちゃん自身も、大して分かっていなかったんじゃないかと思う。カラカラ、カラッポ、空っぽ人間。

いつか必ずゆうちゃんは、煙草を吸うのと同じ気軽さで、わたしの前からいなくなる。それはちょっと、さびしいだな、と時々思う。